これだけ暴動の様子が報道されれば、隠すものも隠せぬわ。
操作された報道にはもううんざりでござる。愚か者が
チベット亡命政府とは?
■チベットを建国したのは吐蕃王朝と言う。・・7世紀頃・・チベット亡命政府は、難民を受け入れているインド・ネパール等の諸国への配慮もあって、自身が主張するチベット国家の領域としては、吐蕃王朝時代の領域ではなく、グシ・ハン王朝時代(1642年1724年)の統合領域を領土としている。
グシ・ハン王朝とは、ダライ・ラマを信仰するモンゴルの部族である「ホショト族」が、チベットに移住して樹立した政権なのだ。この王朝は、チベットの民族的な分布領域の大部分を征服したのだ。チベット国内に本拠を置く政権が、統合した規模としては、吐蕃王朝以来の広大な範囲を誇るのである。この政権は、ヒマラヤ南沿地方に位置していたラダック、ブータン、シッキムなどに対する征服は、はたさず、結果としては、グシ・ハン王朝に征服された地域は現在、中華人民共和国の軍事支配下、その他の諸国は現在、独立国もしくはインド領、ネパール領となっているのである。
チベット亡命政府は、グシ・ハン(在位:1642年1654年)が征服地の全てを、当時のダライ・ラマ5世に寄進したという立場をとり、グシ・ハンとその子孫によって統合された領域を、チベット国家の領域として主張している。その後時は過ぎ、やがて中国が征服。もともと中国の一部でると主張し、武力侵略した。これによりダライ・ラマ14世は、自国を追われたのである。
『チベット紛争に関するニュース』
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